ソシャゲやめた夜、俺の『空白』を埋めた『弱者なりの小さな一歩』
2026.8.22
「ソシャゲやめたるわ!」って意気込んだ夜、マジで虚無感に襲われた話
「今日からソシャゲやめる!」
そう意気込んで、スマホからアプリを消した日。
昼間は「よし、やったるで!」って気分やったんよ。なんか、生まれ変わった気分というか、ドーパミンから解放された自由な俺、みたいな。
でも、夜になったら、マジでやばかった。
いつもなら、仕事終わって飯食って風呂入ったら、あとはソシャゲの時間やったやん?
ログインボーナスもらって、イベント周回して、ガチャ引いて…気づけば深夜1時、2時。そんな毎日やった。
それが、急になくなったんよ。
俺の指は、いつも通りスマホを探して、画面をタップしようとする。でも、そこにはもう、あのアイコンはない。
「…え、俺、何してたんやろ今まで?」
マジで、虚無感。空白の時間。ポッカリと穴が開いたみたいに、何をしていいか分からんかったんよ。
ドーパミンの奴隷やった俺の指が、宙をさまよった夜
俺もそうやった。ソシャゲって、脳みそに直接ドーパミンぶち込む麻薬みたいなもんやん?
毎日ログインするだけで快感。ガチャでレアキャラ引いたら脳汁ドバドバ。イベントクリアしたら達成感。
でも、それって全部、運営が仕組んだ「偽物の快感」やったんやな、って今なら思う。
あの頃の俺は、ソシャゲが人生の大部分を占めてた。現実のしんどいことから目を背けるための、一番手っ取り早い逃げ道やった。
だから、それをやめるって決めても、身体が慣れてるから、夜になるとソワソワするんよな。なんか、禁断症状みたいなもんや。
スマホを手に取っても、特にやることもない。SNS?YouTube?いや、それも結局ドーパミンやんけ!ってなって、また虚しくなる。
マジで、どうしたらいいか分からんかった。この空白の時間を、どうやって埋めたらええんや…って。
虚無感で死にそうやった俺が「とりあえず」やった3つのこと
あの夜、俺はマジで途方に暮れてた。
でも、このまま何もしないで、またソシャゲをインストールするなんて、絶対嫌やったんよ。変わりたいって気持ちは、まだ残ってたから。
だから、弱者代表の俺なりに、「とりあえず」何かやってみることにした。
1. 「とりあえず」外に出て、夜の散歩
最初にしたのは、これやった。
「どうせ暇やし、ちょっと外出てみるか…」
部屋の中で悶々としてても、何も変わらへん。そう思って、ジャージに着替えて、家のドアを開けたんよ。
夜の散歩。いつもならソシャゲしてる時間やから、こんな時間に外を歩くなんて、マジで久しぶりやった。
最初は、何の意味があるんやろ、って思ってたんやけど、意外と気持ちよかった。
ひんやりした夜風が顔に当たって、街の明かりがぼんやりと見えて。車の音とか、遠くで聞こえる犬の鳴き声とか、普段なら意識しない音が耳に入ってくる。
何も考えずに、ただ歩く。それだけで、なんか脳がスッキリする感覚があったんよ。
「弱者なりに6000歩目標とか、そんなんじゃなくてええねん。とりあえず10分でも外に出てみる」
この「とりあえず」が、マジで大事やった。
2. 「どうせ暇やし」で、積読してた本を開いてみた
散歩から帰ってきて、少しだけ気分がマシになった俺は、部屋を見渡した。
そこで目に入ったのが、ずっと前に買って、結局読んでなかった積読の山。
「どうせまだ暇やし、ちょっと読んでみるか」
ソシャゲみたいに、指を動かして即座に快感が得られるわけじゃない。最初は集中力も続かへんかった。
でも、数ページ、いや数行でも読んでみると、なんか頭の中に新しい情報が入ってくる感覚があったんよ。
ソシャゲで得られる「偽物の達成感」とは違う、なんか「じんわり」とくる満足感。
「あ、俺、今、自分のために時間を使ってるな」
そう思えただけでも、大きな一歩やった。
3. 「この虚無感、何なんやろ?」って、日記に書き出してみた
本を読んで、少し疲れてきた頃。また、あの虚無感が押し寄せてきたんよ。
「このポッカリ空いた穴、何なんやろな…」
その時、ふとメンズコーチジョージが言ってた「感情の言語化」って言葉を思い出したんよ。
ノートとペンを出して、今日の気持ちを書き出した。
- ソシャゲやめて暇
- なんか虚しい
- でも、散歩もしたし、本も読んだ
- ちょっとだけ、達成感もあるかも
- この虚しさは、ソシャゲで埋めてた寂しさなんかな
自分の感情を、文字にして客観的に見るって、こんなに大事なんやな、って気づいた。
ソシャゲでドーパミン漬けになってた時は、自分の感情なんて、考える暇もなかったからな。
小さな一歩が、ドーパミンから人生を取り戻すきっかけになる
あの夜、俺の人生がいきなり劇的に変わったわけじゃない。
でも、あの虚無感に襲われた空白の時間に、「とりあえず」何かやってみたこと。
それが、ドーパミンに支配されてた俺の人生を、少しずつ取り戻す「小さな一歩」やったんや。
散歩も、読書も、日記も、ソシャゲみたいな強烈な刺激はない。でも、なんか「じんわり」とくる満足感がある。
これが「自分の人生を生きてる」って感覚なんかな、って今なら思う。
もちろん、俺もまだ完璧ちゃう。たまにソシャゲの誘惑に負けそうになるし、また空白の時間に襲われることもある。
でも、あの夜に「とりあえず」何かやってみた経験が、俺を支えてるんよ。
もし今、ソシャゲやめて夜の空白に苦しんでるなら、騙されたと思って「とりあえず」何かやってみてほしい。
散歩でも、本でも、日記でも、何でもええねん。
弱者代表の俺と一緒に、ドーパミンから人生取り戻していこうや。小さな一歩からでええねん。